テストステロン(testosterone)の歴史の話。
テストステロンを含む様々なアンドロゲン(男性ホルモン)の利用というのは現代医学のように感じられるかもしれませんが、実は大昔から使用されていました。
ご存知のように、体内に隠れている他の内分泌器系とは違って、テストステロンの供給源である精巣は露出した場所にあります。
急所と言われるように非常に脆弱であり、比較的簡単にアクセスできるため、人類の歴史のかなり早い時期から「精巣除去」いわゆる去勢をした場合の効果が知られるようになりました。
大昔の記録
男性にしてみればゾッとするような話ばかりですが、歴史ではこの知識がどのように使用されていたのか数多くの例があります。
ちなみに去勢と一言で言っても、その目的は色々あります。
- 罰として
- 従順な奴隷を生み出すため
- 思春期前の少年のソプラノの声を保つため
中国では、帝国裁判所によって政治的地位の高いハーレムの監督者は去勢をされたそうです。
その他にも古代中国やローマでは動物の精巣からの抽出物を勃起不全(ED)の特効薬として利用していたという話もあります。
このように、精巣が男性の源になっていて、何かしらの成分が存在することは昔から分かっていました。
ただ、実際の研究や実験によってテストステロンの存在やその効果が解明されたのは比較的最近になってからです。
特に1930年代初期から1950年代の期間は「ステロイド化学の黄金時代」と呼ばれていて、合成された化合物であるテストステロンは筋肉や筋力の増強に効果的であり、あらゆる可能性が期待された時期でもあります。
その頃からの積み重ねが、今日のようなアナボリック・ステロイドの存在に繋がります。
1786年
ジョン・ハンター(John Hunter)が去勢された雄鶏に精巣を移植する実験を行いました。
ジョン・ハンター
1849年
アドルフ・ベルトホールド(Adolph Berthold)はジョンハンター(John Hunter)が行った精巣の移植実験から内分泌を仮定しました。
アドルフ・ベルトホールド
アドルフは内分泌学の父と言われています。
1889年
最初にホルモン剤の効果広めたと言われるチャールズ・エドワード・ブラウン・セカード(Charles-Edouard Brown-Sequard)がモルモットや犬の精巣からある成分を抽出しました。
チャールズ・エドワード・ブラウン・セカード
彼は非常に変わり者で、科学的探究の名のもと自分の体で実験することでも知られていました。
例えば、1853年にモーリシャスでコレラが発生したとき、彼は患者の1人の嘔吐物を飲み込んで自ら病気にかかってから新しい治療法を試したり。
また、バージニア州では自分の体をニスで覆い、人間の皮膚の機能と必要性を研究しようとしました。
ちなみに、その実験では意識不明に陥り、無意識の状態で床に倒れてるところを学生に発見されて、一命をとりとめたらしいです。
すぐに学生が体中のニスをアルコールで拭き取ってくれなかったらそのまま死んでいたかもしれません。
そんな彼は精巣から抽出した成分をいつものように自身に注入したところ、10歳若返ったような気分と通常の30分の感覚で3時間働き続けられるくらいのパワーを感じました。
ブラウン・セカードはその体験から抽出物を薬として売り出し、その効果を「ランセット」という医学雑誌で発表しました。
その薬「ブラウンーセカード・エリクサー(Brown-Séquard Elixir)」は通称「命の万能薬(The Elixir of Life)」とも言われ世間に知れ渡りました。
この薬が一般的にアンドロゲン(テストステロン含む)が使用された始まりとなります。
同じ年にはピッツバーグの野球の投手であるジム・パド・ガルビン(Jim ‘ Pud ‘ Galvin)が「ブラウンーセカード・エリクサー」を使用して試合をし、強豪相手に完封しています。
ジム・パド・ガルビン
ちなみにこのガルビンも、いわゆる「ドーピング」によって能力を向上させたスポーツ史上初めての選手として有名になっています。
ただし、ガルビンの活躍もあり、この薬は庶民に広く知れ渡りましたが、医学界では疑問視され、この研究が再び取り上げられるまで約40年がかかります。
1920年
セルジオ・ボロノフ(Sergio Voronoff)は1917年から1926年の間にヒツジやヤギやウシを対象に 500回以上の「若い個体の精巣を年老いた個体に移植する」という実験をし、若い精巣を移植された個体が活力を取り戻すことを突き止めました。
セルジオ・ボロノフ
その実験を基にボロノフは「若返り治療」として、チンパンジーやヒヒの精巣を薄いスライスにし、男性患者の陰嚢内に移植するという手術を考案しました。
それが1920年。
この治療はかなり流行し、数多くの人が治療を受け、ボロノフは巨額の富を得ることとなりました。
しかし、一度はロンドンで開催された国際外科医会議でも多くの世界的な外科医達に称賛されましたが、ほどなくして、この治療による効果は、ボノロフが主張するようなものではなく、単なるプラセボ効果に過ぎないということが明らかになりました。
1927年
フレッドC.コッホ(Fred C. Koch)と彼の生徒であるレミュエル・マクギー(Lemuel McGee)が約18kgの睾丸から20 mgの物質を取り出し、その物質を去勢された雄鶏やブタやラットに投与したところ再度雄性化しました。
フレッドC.コッホ
1934年
同様の方法で、アムステルダム大学のアーネスト・ラキュール(Ernest Laqueur)のグループがウシの精巣からテストステロンを精製しましたが、研究を可能にするほどの量は確保できませんでした。
アーネスト・ラキュール
本格的な精製はヨーロッパの大手製薬会社3 社によって実現され、この時点からステロイドの研究が本格的に開始されることとなりました。
1935年 テストステロンの誕生
オランダのオルガノングループがテストステロンを分離し、論文で発表しました。
名前もこのとき命名され、精巣(testicle)+ ステロール(sterol)+ケトン(ketone)から「テストステロン」と付けられました。
同年、アルドルフ・ブテナント(Adolf Butenandt)とレオポルド・ルジカ(Leopold Ruzicka)がコレステロールからテストステロンを合成しました。
17β-Hydroxyandrost-4-en-3-one(C 19 H 28 O 2 )
テストステロンは17番目の炭素原子にヒドロキシル基を持つ固体多環式アルコールだと特定されました。
このことから合成テストステロンには追加の修飾、すなわちエステル化およびアルキル化を行うことが可能だと明らかになりました。
1936年
チャールズD.コチャキアン(Charles D. Kochakian)とマーリン(Murlin)は、テストステロンが犬の窒素保持(同化作用)を高めることを証明しました。
チャールズD.コチャキアン
その後、アラン・ケニョン(Allan Kenyon)のグループは、少年や女性に対してテストステロンの同化作用とアンドロゲン作用の両方を実証しました。
1950年~1960年
この頃には長時間作用する注射用エナント酸テストステロンよく使用されるようになります。
さらに、アンドロゲンの同化作用をより強力にするため、様々な研究がされました。
この頃から、アナボリック・ステロイドはアメリカの重量挙げ選手やボディビルダーなどに使用され始めました。
※現在、使用されているアナボリック・ステロイドのほとんどは、この時代に誕生しました。大部分は臨床医学から姿を消しましたが、ドーピングの需要は無くならず、生産され続けています。
1970年代
経口投与が有効なウンデカン酸テストステロンが製剤に追加されました。
2000年
経皮テストステロンゲルが利用出来るようになりました。
医療・治療での使用用途
医療で使用される用途としては、以下のようなものがあります。
- 少年の思春期の遅れ
- 男性の性腺機能低下症およびインポテンス(ED)
- 乳がん
- 貧血
- 骨粗鬆症
- HIVの減量病
- 子宮内膜症
- ホルモンの異常
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